2018年 5月号
歯科医院経営を考える(488)
~ある歯科医の人生~
デンタル・マネジメント
コンサルティング
稲岡 勲
お付き合いを初めて44年になるK先生が事業承継を終えて院長を退任されることになり、そのお祝いの会に出席した。億円に近い借金を抱え、しかし徹底した診療方針を貫き、どれだけ患者が待っていようが納得できるまで徹底的に診療するという姿勢で、先生の義歯には定評があった。欲しい治療の器械器具があれば即座に買ってしまい経理担当の奥さんがどれだけ苦労したことか。その相談に乗って44年が過ぎたということになる。頑固一徹で口下手な先生だから言葉では出さず、ただ笑っているだけなのだが、行動の端々に奥さんへの感謝の気持ちが溢れていると思う。奥さんも経理の数値について口にしても、先生の診療については一切口出しせず先生の意のままに自由にさせており、典型的な日本人妻であった。退任祝いというより、親しかった先生や一緒に働いてくれたスタッフに集まってもらい皆さんに感謝する会という趣であったと思う。その祝いの席で、口臭についての権威、本田俊一先生にお会いした。本田先生は経歴が実に異才である。山口大学の農学部獣医学科卒で(旧)厚生省に入省し、8年後の退官までの間には大阪大学の微生物研究所細菌血清学部門の研究員となり、その後大阪大学歯学部専門部へ学士編入され歯科医師になれている。日本で初めて口臭について悩む口臭症治療を行った先生でもある。口臭への無臭化技術の確立や口臭症の治療について医学的根拠に根ざした独自の口臭治療を確立された先生だが、こうした特異な人生を送ってこられた先生の話は奥が深い。ところで日歯が8020運動の30周年記念事業の一環として、歯科衛生士と歯科技工士の淡い恋と超高齢社会での歯の大切さを描く映画を製作するという。一般の人々に歯科界のことについて知ってもらう良い機会だと思う。今までTVでのひとコマで歯科医院が取り上げられることもあったが、単なる一風景としての場面であったから、思い切って本格的に取り上げるのもよいことだと思う。ただ製作予算が1億円だそうだが、個人的な感想を言えば、もっとお金をかけて本格的な内容のものでもよいのではないか。オリンピック前で歯とスポーツとの関連に言及するとオフィシャルスポンサーとの関連でややこしくなるそうだから、スポーツにこだわる必要もないのではないか。関係のない一般的な事例でよいと思うが特異な人生を歩んでこられたこうした先生方の一断面を切り取って映画化してもよいのではないか。
(つづく)
〔タマヰニュース2018年 5月号より転載〕