2011年 12月号
歯科医院経営を考える(411)
~感謝する心~
デンタル・マネジメント
コンサルティング
稲岡 勲
筆者の私事になるが、実家が浄土宗の寺だから、是非にと進められて「五重相伝」を受けることになった。若いときに父親の僧侶になれという指示に反対して家を飛び出したこともあり、亡き父親への償いの意味も含めて受けることにした。7日間お寺に籠って龍って説教と念仏に明け暮れるという日々であった。6日間説教をしてくれた和尚さんは分かり易く事例を挙げて解説してくれたおかげで、釈迦や法然上人の教えを少しは知ることができてよかったと思う。
「人と人の縁は大切にしなければならない。人間一人で生きているわけではないから他人にも感謝しなければならない」と説教した中で、和尚さんは次のような事例をあげた。「新・平家物語」を出した吉川英治が昭和36年文化勲章を授与された記念として多くの聴衆の前で講演をしたという。ところが講演の半ばに、ふっと言葉が途絶えたかと思ったら、ハンカチを取り出して目頭を押さえて涙を拭っている。5~6分間無言のままただ涙するばかり、そうして言葉を継いでこんなことを話したという。「今皆さんに私が新平家物語を執筆していた時のことを、得意になって話しているときに、ふと執筆に専念できたのも女房吉川ふみ子のお蔭だったということに気づきました。そうしたら涙があふれてきて言葉になりませんでした。自分一人の力で執筆できたと思っておりましたが、今初めて陰で支えてくれた女房のお蔭であったということに気づかされました」と話したという。
余りにも身近にいる人の存在には気が付かないものである。妻や子供、また診療所のスタッフ達等々身近にいる人ほど見えにくいものなのだ。食事の準備や掃除洗濯等やって当たり前と思っているのだ。いや当たり前とは思っていなくても、「ありがとう」という感謝の言葉をかけないで過ごしている。照れくさいというのは、まだ感謝の気持ちが弱いからではないか。心から深く「本当にありがたい」と思えば口からほとばしり出るものではないのか。人の上に立って仕事をしていく人間にとって「ありがたい」という感謝の念は必要不可欠の心だと思う。自分の息子と一緒に診療している先生がいる。息子はスタッフがなかなか言うことを聞開いてくれないので、院長になったら全員解雇すると息巻いている。それに対して院長は息子の短慮をたしなめるのだが、一向にいうことを聞かない。経営者の経営業務の一つに「後継者の育成」があるが、その基本は「感謝の気持」を育てること、「ありがたい」という感情を育てることである。給与を支払っているからやって当然だという発想しかできないということは、人の心が読めないということであり、事業を大きく伸ばす経営者には絶対になれないことを意味している。
(つづく)
〔タマヰニュース2011年12月号より転載〕