コラム

今月のコラム

2015年 8月号

歯科医院経営を考える(455)
~院長の責務~

デンタル・マネジメント
コンサルティング


稲岡 勲

 ある歯科医院に入社して2年4か月の衛生士がいる。優秀な成績で衛生士学校を卒業し、常勤の衛生士が2人いる歯科医院で見習いを終えて衛生士業務を始めている。非常に真面目でよく気が利き、素直でおとなしい性格で申し分ないのだが、無口であまりしゃべらない衛生士なのである。パートの歯科助手が2人いるが、受付が手薄になると歯科助手が駆り出されるので、ついつい歯科助手として使われてしまう。良く気がつく子だから忙しいときには滅菌業務等にも積極的に手伝い他のスタッフからも好かれる存在である。しかしこのまま歳を重ねると能力に見合う実力を身に付けることがかなり難しいのではないかと思う。つまりこの子の現状から見えてくる将来像が描けないのである。この歯科医院の場合は、院長が歯周・予防に力を入れているから衛生士は担当制で患者のメンテナンスを実践しているが、それぞれの担当を見ているだけで後輩の指導にまで目が届かない。こういう場合は院長のマネジメント如何によって有能な人材が埋もれてしまう場合がある。

 

衛生士はスケーリングやルートプレイニングの技術だけでは成り立たない職業である。何よりも患者に口腔衛生について説明し納得させ、患者自身に歯を磨くという行動を起こさせる必要がある。痛くなければ歯科医院に行く必要性を感じず、行く習慣もない患者に定期検診を勧め、納得してもらうことは極めて難しい作業である。一通りの説明では納得してもらえるわけがない。いくら説明しても「ハイハイ」と生返事ばかり繰り返す患者にどこまで真剣に取り組めるか。治療代を上げるために何回も通院を勧めているのではないかと疑心暗鬼になっている患者をどのように真剣に聞く耳を持ってもらえるか。見方を変えれば歯科衛生士本来の仕事は、その後の作業に過ぎないのである。若い衛生士の場合、友達仲間とは何の苦労もなく話せるが、少し年上の人や男性の患者になると話す言葉や内容に行き詰まってしまう。だから最初はマニュアルを作ってそれで挨拶の仕方や話し方のパターンを学ぶことが不可欠だろう。

 

そうしてどのような話題で話そうかと考えだしたら、意識して新聞や雑誌をみることだ。常に意識することが大事だし、そうすることで他人の話が耳に残る。その上で文学書を読んでみることだ。古くは谷崎潤一郎や川端康成でもよいし、若い作家の本でもよい。純文学の本を読むことで人間の心理、心の動きが理解できるようになると思う。また深く付き合う患者の人生に触れることからも学ぶことがあると思う。最終的にはいろんな患者と接触して人間関係を深めていく中で、自分という人間を成長させることができるようになると思う。自分という人間の思考や思想、人間観を形成するところまで行くことができれば、最高の人生を生きたと言うことになるのではないか。院長の重責は、そのような若いスタッフの人生の道先案内人として責務もあると思う。

 

(つづく))

 

〔タマヰニュース2015年 8月号より転載〕